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しそれでも喜んでくれる患者さんを前にすると、逆に私のほうがエネルギーを得られるような、不思議な感触を得るようになっていたのである。
治療をする喜びが再び湧き上がり、やはり自分にはこれしかないという確信はますます強まっていった。
この年、平成十六年の暮れは、妻と息子家族とともに、九州の霧島温泉で過ごした。
霧島は、日出する国の女王、卑弥呼の伝説がある高千穂と隣接する緑深い温泉地だ。
硫黄の煙たなびく霧島の地で、神話の空気に触れながら温泉につかっていると、ここ数年のできごとが脳裏をよぎってきた。
長かったようでもあり、短かったようでもある免疫との日々、そして「うつ」に陥って絶望していた日々。
はじめて気づいた感謝の気持ち。
渦中にいるときは、そのときどきの感情に流されて何もわからなかったが、すべてはここに至るために調和していたのだということが、素直に感じられるようになった。
はるか昔の人が大地に捧げた祈りが、いまだ息づいているかのようだった。
しかし、一年半以上ものブランクののちに患者さんの体に向かうと、患者さんの体が私に治療するべき場所を教えてくれ、その場所に鋪を打っていくだけで、顔が「気持ちよさ」でいっぱいになる。
すると、エネルギーの還流が起こったように、私の体にも力が蘇ってくるのである。
「乾杯!来年もよい一年でありますように」K 神宮で二年参りをしてから、宿に帰って飲んだ年越しのお酒は、しびれるように美味かつた。
「おとうさんが元気になって本当によかった」妻の安堵した表情を見るのは、久しぶりである。
「みんなには迷惑をかけたけど、俺もあと一歩で完治だから。
これまでありがとう」温泉の心地よさが心身に染み通り、祈りと温かさの癒しに身をゆだねながら、年が明けていく。
霧島連峰に昇る初日の出に、私は再起を誓った。
の地にいると、自然と静粛な気持ちになれるのかもしれない。
人々の祈りは、科学によるデータによって捉えられるような質のものではないが、人の心の奥深くを揺さぶり、根源的な生きる力?免疫力を呼び覚ますのではないか、という思いが、私の中にはこのとき以来残っている。
数限りない不安はあったが、当日を迎えると、気持ちが落ち着きベストな状態で望むことができた。
「先生、完全復活じゃないですか」「お元気そうになって、よかったですね」うつの間も決してあきらめずに多くの人が支えてくれた。
その後復帰パーティが催され私の本格的な復帰の第一幕となるのである。
ほんの一年前に、まだおそるおそる治療を再開したばかりで、それ以降も大勢の人の前で話したことなんか一度たりともない。
その私が、果たして四百人もの聴衆の前で、きちんと講演ができるものか。
そして、 A 先生との対談を破綻なく終えられるのか。
口々に回復を祝ってくれた。
私の復帰がほとんど絶望的に思われたころも、ずっと信じて待ち続け、励まし続けてくれた彼らのおかげで、いまの自分がある。
妻や家族、そして仲間、患者さんたち。
私はどれだけ多くの人に支えられ、守られてきたのだろうか。
免疫力を理論で語るのではなく、実生活に重ねて説明するのはたやすいことではない。
しかし、うつに陥ってから復活するまでの時間は、自らの免疫力を信じ高めるための時間でもあったと痛感している。
はじめ、S先生の鋪を信じられなかったのは、いまにして思えば自分の免疫を信じることができなかったためではないだろうか。
人の免疫力を自らの治療で実証することだけが喜びだった私は、いざ倒れてみると自分にも人と同じように免疫力があることなどすつかり忘れてしまっていた。
けれども、鋪を打たれ思いがけない快適感に体が満たされたとき、私の体は意思とは別の次元で、「治る力」があることに気づいたのだと思う。
つらくて苦しくて、回復する余地などどこにもないという私の思いとは裏腹に、体にはまだ気持ちよさを感じる余力が残っていたのだ。
こうして体がゆるむと、心にもゆとりが生まれ「うつ」が治るかもしれないというかすかな希望の光が射してくる。
もちろん、一直線によくなったわけではない。
一歩進んで二歩下がるカメのような歩みを何度繰り返したことか。
うつ病に躍った人が一様にいう、「少しよくなったあとのリバウンドが一番おそろしい」というのは本当だ。
泥沼からようやく抜けた、と思った矢先にまたドーンと落ちていく絶望感。
今度こそ、もう二度と這い上がれないのではないか、と思いつめてしまう。
免疫力というものは、交感神経と副交感神経の間で常に揺れ動いている。
だからこそ、病が癒えるまでには交感神経の側に大きくふれ、次は副交感神経の側に大きくふれという振幅を繰り返し、ようやく着地点を見出すのだ。
その振幅が大きいときは、激しいリバウンドが起こって、本人はひどく苦しい思いをする。
うつ病だけに限らず他の病気にも共通することだが、ここであきらめてしまう人はかなりいる。
実際私も「もう駄目だ」と何度も口にし、自殺未遂すら起こしている。
けれども、リバウンドはそのあとに安定が来るサインでもある。
そんなときは、あまり考えつめないようにして、体が心地よさを感じる工夫をすることで私自身はなんとか乗り越えた。
「お願い、死なないで」と本気で迫ってくれた妻を悲しませてはならない、という思いもあった。
免疫力は、自分で自分を治す力のことである。
調子が悪いときにそれを信じ続けるのは難しいが、「気持ちいい」という感覚は自らの免疫力を確かめる感覚でもあり、そこから再び、希望を抱くことができるのだ。
再び息を吹き返すことができたのは、治療、それもよりよい治療を続けるために神様が命をくれたようなものだとも思う。
現代医学を見返すとか見返さないという次元はもう卒業し、一人でも多くの患者さんに、よい治療ができるようになることが、私の生きる価値であり務めでもある。
だからこそ、長らく忘れていた感謝の気持ちを持って、これからの人生を歩んでいこう。
四年前、平成十三年の春とは一八○度違う誓いを胸に、新たな治療人生が始まっていった。
そこに感謝の気持ちが加わったとき、治癒への力はグッと強まっていくのではないか。
うつ病療養の最後のほうでは、現代医学を見返すとか、自分の治療法を広めるとかもうどうでもよくなっていた。
ただ、支え続けたくれた妻が笑顔を取り戻してくれたらそれでもういいとすら思っていた。
そうこうするうちに、免疫力が勝り、うつ病は消えていったのである。
うつでどん底状態の私に「体に溜まった毒をどんどん出していけば、治るからだいじょうぶだよ!」と励ましてくれたS先生は、治療だけでなく実際の生活の中で、「毒出し」をしていくポイントもたくさん教えてくれた。
それらを実践するなかで、自分なりの工夫を加えたりしながら見出した実践メソッドをここでご紹介したいと思う。
うつ当時の私は、とにかく体が冷えていた。
そして、この冷えは体に溜まった毒による症状ということだったので、私のやり方は「冷え?体の毒」を取り除いていくことを念頭に行ったものだということも、参考までに付け足しておきたい。
みかねた娘が、玄米をおいしく炊くための方法を妻に伝授したらしい。
圧力釜で玄米を炊くようになってからは、米がモッチリとして格段においしくなった。
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